2009年12月25日

06: Brasil Mix

リアがまたライブに誘ってくれた。『Brasil Mix』という名前のライブだった。ブラジル音楽の案内役としての彼女に絶大なる信頼をよせはじめていた僕は、二つ返事でオーケーした。

ライブにはカリーナも来ていた。パレードの時に会ったタイッサもいた。その他にも、リアはいろいろと友達を連れてきていた。

地下のライブハウスの扉を開けると、洞窟のようなこじんまりした感じのいい空間が待っていた。暖かい暖色系の光が、雪の夜、ふと見つけた洞くつから漏れる光を連想させた。

開始は21時30分になっていた。しかし、時間になってもミュージシャンは一向に現れない。幸い僕は一人ではなく、リアたちと来ていたので、時間をもてあますことはなかった。よく考えてみると、時間になっても始まらないというのは普通ではないことかもしれない。しかし、リア達は特に不満を漏らすわけでもなく、むしろそれが当たり前のことかのように振る舞っていた。結局、ライブが始まったときには、もう22時30分近くなっていた。

音楽が始まった瞬間、僕はすばらしい夜になることを確信した。体が踊りだすのが分かる。それはまさに僕が頭で思い描いていたブラジル音楽だった。そして、まるで自分がこの音楽を昔からずっと探していたような気がした。

バンドの出すリズムが心地いい。寒い冬を忘れて、踊りに浸る。リアたちも踊っている。そして周りの客もみんな踊っている。みんな楽しみに来ているのが分かる。音楽に参加しているのが分かる。

「私、この曲大好き」

ある曲に差し掛かったときカリーナが言った。

綺麗なギターのイントロが流れて、舞台は青色の証明に包まれた。MCが曲について語りはじめる。

そして、ゆっくりとしたメロディーを歌い始めた。

「この曲、こうやって目を閉じてずっと聞いてられる。踊らないでむしろちゃんと耳を済ませて聞きたい。」

カリーナはうっとりとした表情で言った。

僕も曲に耳を済ませた。美しい曲だった。

メロディが中盤に差し掛かったとき、ふと気づいた。聞いたことがある。この曲。どこかで。タイトルもアーティストもぜんぜん思い出せなかったが、確かにメロディに聞き覚えがあった。

「ねえ、このメロディ、知ってる!」

興奮して僕はカリーナに言った。

「本当?どこで聞いたの?」

僕は答えられなかった。しかし、どこかで聞いたことがある。僕はそのメロディにすっかり魅せられた。

突然激しいドラムの音が鳴り響いた。音楽のテンポが上がる。サンバのリズムだ。ミュージシャンが同じ曲を、今度はサンババージョンで演奏し始めた。

僕らは夢中になって踊った。周りの観客もみんな踊っていた。誰もが体全体で音楽を楽しんでいた。

今までにないくらい楽しい夜だった。

そしてこの夜が、その後の僕の道を決定付けることになったのだった。

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2009年11月18日

05: Carina

彼女の名前はカリーナ(Carina)と言った。小柄で細身。はっきりとした顔立ち。うっすらと茶色い肌がラテンアメリカという言葉を連想させた。ほんの一瞬会っただけでも、ひっそり何らかの印象を残すような女の子だった。

彼女はリアと同じ学生寮の同じ階に住んでいた。同じブラジル人で、同じRio de Janeiroの出身、同じ学校に留学している二人が意気投合するのに時間はかからなかった。

例のブラジル音楽のライブ当日、リアが連れてきた友達の中にカリーナはいた。リアは僕にひとりひとり紹介した。その中ですぐに興味を引かれたのが、彼女だった。彼女は僕が日本人であることを知ると、少し興味を持ったようだった。

「日本人で思い出したんだけど、ブラジルの映画で「花の島(Ilha das Flores)」というのがあって。それがブラジルで農業をやっている日本人の話からはじまるんだけど、その映画の一番初めのシーンに日本人の顔が出てきて、日本人の目がどうとか日本人のステレオタイプ的な特徴を紹介するんだよね。なんかそれを思い出した。。。」

カリーナは僕にその映画のあらすじを一つ一つに説明した。ライブハウスの入り口に並んでいる時だった。彼女のしゃべり方は、ゆっくりと、言葉を選ぶような感じが特徴的だった。彼女が比較的長い話をする時、どことなく真面目さを感じさせるところがあった。それでも、雰囲気は明るく、楽しいことは大歓迎という感じが伝わってきた。

話が終わると彼女は中へ入った。その行動があまりにさらっとしていたので、彼女が僕に向けていた意識をふわっと抜けて、再び自分の世界へと戻って言ったような気がした。僕もそれに続いた。

中に入ると、ちょうど演奏が始まったところだった。グループの編成は少し変わっていて、バイオリン、太鼓のようなもの、そしてトライアングル(!)という三人構成だった。バイオリンの人は時々アコーディオンに持ち替えていたが、ほとんどの曲でバイオリンを弾いていた。

音楽自体も、今まであまり聞いたことがないような音楽だった。少なくとも、僕が持っていた「ブラジル音楽」のイメージとは違っていた。それでも、感じのいい音楽だと思った。踊れる音楽だった。楽しく踊れれば、どんな音楽でもひとまずオッケーだった。

カリーナは横でリアたちと踊っていた。彼女たちは、その音楽がどういった種類のもので、どうやって踊ればいいのか心得ているようだった。

「この音楽は、こうやって踊るんだよ。」

ふと、隣にいたカリーナが、僕の手をとって、もう一方の手を背中にまわした。それは非常に自然で、もうずいぶんと踊りなれているような感じがした。

「1、2、1、2。ほら、こういう感じに動いて。簡単でしょ?」

彼女はゆっくりと僕に動き方を教えた。左に二歩、右に二歩動くステップだった。確かにそれは簡単で、一瞬で覚えられるような動きだった。

はじめは少しぎこちなかったけれど、慣れてくると比較的スムーズに踊れるようになってきた。突然のこととは言え、こんな風に素敵なカリーナと一緒に踊れるのは悪くなかった。彼女のみずみずしくて、でもよく引き締まっている肌が心地よかった。

「ほんとはこんなこと言いたくないんだけど、、、」

しばらくすると、そう前置きしておいてカリーナは言った。

「ブラジルでは、もっと体をくっつけて踊るんだよ。」

おそらく本当のことなのだろう。けれども一緒に踊っている子からそんな風に言われると、ちょっとどきどきした。こんな風に女の子に踊りの手ほどきをしてもらうのは初めてだった。

「ほら、もっと肩を安定させて。そこはあまり動かさないで。」

彼女は、さっき映画の話をしていた時のようなほのかな真面目さで、僕に踊り方を教えてくれた。そして、一曲ぶん踊りが終わると、さっきの話が終わったときように、ふわっと自分の世界へ戻っていった。

僕は今覚えたステップを復習してみた。確かにそれは簡単なステップだった。そういってもまだ、ほかの人に教えられるぐらい体にしみこむようなわけにはいかなかった。だからその後、一緒に来ていたルーマニア人の子と踊ったときにはステップがあやふやになっていた。

とはいえ、誰かと一緒に踊るのはそれだけで十分に心地よかった。その子もずっと踊りたそうな様子だった。残りの夜はずっと一緒に踊った。(本当はカリーナを誘いたかったけど。)

それでも、帰ってからステップを思い出そうとしてみた。けれども、それはうまくいかなかった。あまりに簡単すぎたので、記憶に残らなかったのだった。

そしてその音楽自体もあまり記憶に残らなかった。もともとそんなに派手な音楽ではなかったのだ。そしてもちろん、その時は、自分がなにか新しい世界に足を踏み入れたという印象などをもってはいなかった。

(その音楽がforróと呼ばれるジャンルの音楽だった問うことを後になって知った。でもこの時は当然まだそんなことは知らなかったし、音楽自体にはあまり興味を持っていなかった。)

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2009年11月07日

04 : Sixième Continent

二週間の大学のオリエンテーションコースが終わると、リアに会う機会も減っていった。それぞれが別の授業を取っていたからだった。もちろん、リヨンという大きくない町に住んでいる以上、会おうと思えばすぐに会える。けれども、他に同じ授業をとっている友達がいろいろできたこともあって、特別リアに連絡することは少なくなっていった。

一度だけ、友達との食事にリアを誘ったことがある。メールは当日になっても返ってこなかった。その次の日、申し訳なさそうなメッセージが届いた。ずっと旅行をしてたとのことだった。僕は、メールの返事をずっと待つのがあまり好きでなかった。それに、すぐに返事を返さないというのは、間接的にあまり乗り気でないことを意味しているのかのようにも思えた。そんなこともあって、それから自分からリアに連絡をすることは無くなっていった。

リアと意外な形で再び会う機会が訪れたのは、11月の後半だった。それは、日本人がよく知っている11月にフランスで行われるイベント、ボジョレーヌーボー解禁がきっかけだった。

リヨンはパリから南へ電車で二時間ほどの、フランスのローヌ県にある。ボジョレーはそのローヌ県の北に位置する。つまり、リオンから近いのだ。そんなことから大学が留学生のために、解禁前夜にボジョレーを訪れ、深夜12時の解禁と同時にボジョレーヌーボーを飲もうという企画を用意したのだった。僕はすぐさま新しくできた友達と誘い合わせ、参加を決めた。

これに参加した学生の数は多く、当日はバスが4台用意された。といっても、誰もが自由にどのバスにも乗れるというわけではない。自分の乗るバスが決められていて、乗る前にきちんと出席が取られた。僕は2番目のバスだった。

「久しぶり!」

バスに乗ろうと並んでいる僕を見つけたのが、リアだった。彼女も同じバスだったのだ。僕はリアが嬉しそうに話しかけて来たことを少し意外に感じた。リアが自分から遠く離れていってしまったように感じていたからだった。

久々に会った僕らは、例によって近況などを報告しあった。しかし、それぞれが別の友達と一緒に来ていたので、行きのバスの中では離れた位置に座った。ボジョレーについても、一緒に行動することはなかった。それでも途中に寄ったワイン倉などで顔を会わせる機会があり、わりとよく話しをした。

リアと知り合ったばかりの頃、すなわち大学のオリエンテーションコースにいた頃、どちらかといえば僕からリアに話しかけることが多く、彼女のほうから積極的に話すことは少なかった。リア達と一緒に見に行った例のパレードも、たまたま僕がメールを送ったから一緒に行くことになったのだった。そして、メールがすぐに帰ってこなかった食事の件もあって、僕は、リアと実はあまり仲良くなかったのかもと思い始めていた。しかし、この日の様子からすると、そんなことは全くなく、単に僕の思い違いであるように感じた。

帰りのバスでは、わりと席が近かった。

「ねえ、なんかいいブラジル音楽があったら教えてよ。」

僕はリアに聞いてみた。

「ブラジル音楽について知りたいなら・・・」

彼女は一枚のフライヤーを差し出して言った。

「・・・このライブに来るといいよ。ちょうど友達と一緒に行こうと話してたところだし。」

見てみると、なるほど、たしかにブラジル音楽っぽい感じのライブだった。ただ、ミュージシャンの名前や、音楽の種類、解説などを読んでも、いまいちピントこなかった。そもそも、はたしてそれがブラジル音楽なのかどうかもよくわからなかった。

僕は行こうかどうか迷って、少し曖昧な返事をした。パレードの時に盛り上がっていた、ブラジル音楽への熱も冷めかかっていたのだった。

家に帰ってからも、行こうかどうか決めかねていた。フライヤーから見る限り、それほどそのライブが魅力的に思えなかった。それでも好奇心が勝ったのだろう、最終的には行くことにした。何でも試してみなければ分からない。

そのライブハウスはSixième Continent(六番目の大陸)という名前だった。

posted by aye(あい) at 13:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ブラジルへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月29日

03: Batucada

もう30分以上経つだろうか。僕はオペラの前で待っていた。道はパレードを見に来た人で溢れかえっている。リヨンにこんなに人がいたのかと思うくらいだ。行列が通る予定のTerreaux広場とBellecour広場の間の周辺では、交通規制がされていて、車や自転車は入れないようになっていた。あまりに人が多いため、少しの距離を移動するのにもいつもの倍近くの時間がかかった。

そろそろパレードが始まりかけたころになってやっと、リアは友達をぞろぞろ連れてやってきた。彼女以外は皆会ったことのない面々で、国籍もさまざまだった。その中に、同じくブラジル人のタイッサ(Taïssa)も混じっていた。

「Taïssaの最後のaは弱く発音するんだよ。聞こえるか聞こえないかぐらいに。」
「えっと、こんな感じ、タイッサ?」
「まあそんな感じかな。。。」

人生で最初のポルトガル語講座だった。

パレードはわりとこじんまりしていて、それぞれのグループの衣装なども手作り感があった。10数のグループが、それぞれ工夫を凝らした衣装を的って、これまた工夫を凝らしたデコレーションを纏った車から流れる音楽に合わせて踊りながら通ってゆく。リオのカーニバルをうんと小さくした印象だった。(といってもリオのカーニバルを生で見たことはないけれども。。。。)僕らは道端で配っていたプログラム冊子をもらうと、目の前を通るグループと照らし合わせて、解説を読んだ。

周りを見渡すと、ほとんどの人は比較的とおとなしく行列を眺めていたが、僕らはその場で体を揺らし、少し踊りながら楽しんだ。まあ、可も無く不可も無く、、、かな。それが僕の印象だった。もともと、パレード自体にそんなに期待はしていなかったので、別にそこまで関心を持っていて見ていたわけではなかった。

けれども、最後のグループが近づいて、パーカッション隊が叩き出すリズムが聞こえてきたとき、何かが変わった。自分の中で何かが反応する。体が自然と動き出す。踊らずにはいられない。突然目の前に光が差したような気がした。「これだ!」僕は一瞬にして何かを理解した。

そのグループが叩き出すビートは、今までのグループとは明らかに違っていて、力強く、うねるようなグルーブで、一段と生き生きしている。この音楽は一体何なのだろう。この血が騒ぐような感じは。。。

グループがだんだん近づいてくる。それにつれて、音量も増す。パーカッション隊は数十人いるだろう。それが目の前に迫ってくる。至福の瞬間。興奮は頂点に達する。

隣を見ると、リアたちも自然と踊っていた。自然と笑顔が漏れる。それを見て僕は、そんなふうに音楽と自然に踊りだすことのできる友達と一緒に来たことを嬉しく思った。考えてみると、それまで、そんな友達を持ったことは無かった気がする。道の両端にはたくさんの見物人がひしめき合っていたが、僕らのようにノリノリで踊っている人はほとんどいなかった。

彼女たちが踊っているのを見ると、あることに気づいた。踊り方が少し変わっていたのだ。よくクラブで見かけるような、上半身を激しく揺さぶる踊り方ではなく、上半身にはあまり力を要れず、腰を中心に足をすばやく動かすような踊り方だった。しかし、今はそのことよりも、何十人ものパーカッション隊が繰り出すリズムに興奮していた。

「このままこのグループを追いかけて行こうよ!そうすればずっとこの音楽を聞いてられる。」

僕は興奮気味に提案した。

「いいよ!ちょうどこの後Bellecourでコンサートもあるし。」

こうしてと一緒に踊りながら僕らは進んで行った。

そのグループは、独自のフライヤーを配っていた。僕らもそれをもらった。よく見るとそれは、そのグループは、Rio de Janeiroはるばるやってきたブラジル人たち。

「ねえ、この単語はなんて読むの?」

フライヤーに書かれている曲の歌詞を見て、僕はリアとタイッサ聞いてみた。

「sombra だよ。」
「sombra?」
「そう。ポイントはこの最後のaを弱く発音すること。」
(さっきのTaïssaと同じだ。。。)
「えっと、ポルトガル語だっけ?」
「そうだよ。ブラジルはポルトガル語。」
「なんかフランス語に似てるよね。」
「うーん。結構違うと思うけどなぁ。。。」
(いや、でもこの単語はフランス語だとombreだしな。。。)
「発音とかは、どうなの?」
「えっと、ポルトガル語の響きがは綺麗だって言うひともいるけど、私はよくわかんない。生まれてから使ってきた言葉だし。。。」
「発音は難しい?」
「まあフランス語に無い音もあるけどね。たとえばãoとか、ãeとか。。。」

はっきりいって、あまりよく分からなかった。それでも、今までまったく触れたことも、思いをめぐらせたこともないポルトガル語の響きや文章は、神秘的で、それでもなんとなく難しそうな感じがした。

夜になって、Bellecourでコンサートが催された。これもブラジル音楽で、そのコンサートは「Água de beber」と名付けられていた。「Água de beber」。リアはそのフレーズを何度か口にした。どこかで聞いた響きのような気がした。

僕らはさらにたくさんの友達と合流して、輪になって踊った。リアとタイッサはそこでも、あの特徴のある踊り方をしていた。

(まだこの時、僕は、例のリズム隊が奏でていたのが「Batucada」と呼ばれるものだったこと、そして、リアたちの踊り方はまさにサンバの典型的な踊り方であることを知らなかった。でも、次の日、興奮の覚めぬ僕は、友達に熱っぽく「ブラジル音楽はすばらしい!」と語っていたのを覚えている。)

posted by aye(あい) at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ブラジルへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月18日

02: パレード

「この前ケータイ買ったんだよね。」
「ああ、私もケータイ持ってるよ。固定電話もあるし。」
「固定電話もあるの!?」
「まあ、といってもかける相手はほとんどいなんだけど。。。」

リアとケータイの番号とメールアドレスを交換したのは、こんな会話がきっかけだった。そのころはまだ学期が始まったばかりで、お互い友達も少なかった。だからこうしてアドレスを交換する友達が出来たことを頼もしく感じた。

この時に聞いたアドレスが役に立つ機会は、以外と早く訪れた。新聞で見つけたイベントに一緒に行こうと思ったのだ。それはリオのカーニバルをうんと小さくしたようなパレードで、リヨンの町の中心にある第2地区のTerreaux広場からBellecour広場まで色々な団体が踊り歩くというものだった。

実際のところ、僕は特にそのイベントに興味があったわけではない。ただ、日曜日だし、どこかに出かけたかっただけだった。僕は早速リアにメールを送った。

返事はすぐに来た。「もちろん!私もちょうど友達とパレードを見に行こうと思ってたところ。もしよかったら一緒においで。3時にオペラの前で待ち合わせしてるから。」

そして当日、僕はオペラへと向かった。

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2009年10月15日

01: Lia

リアはいつも一番前の席に座っていた。40人ほど入る少し大きめの教室は、いつも3分の一ほど埋まっていて、これから一年間をフランスで過ごす留学生たちの活気にあふれていた。フランスの大学に慣れるため、現地の学生に先立って、9月の始めから留学生のために準備コースが用意されていたのだった。学生の考えることなどどこの国でも似たようなもので、あまりみんな一番前の席には座りたがらない。

そして彼女はひとりだった。留学生たちはまず、自分と同じ国か近い文化の国の友達をつくる。イタリア、ドイツ、スペイン、イギリス、、、近隣のヨーロッパの国からは学生の数も多かった。カナダ、オーストラリアなどの、英語圏からの学生も目立った。もちろん日本人もいた。(みんな自分の国の言葉で話していたので、自己紹介をしなくとも、誰がどこの国から来たのか予想がついた。)だから、その中でひとりでいるのは、同じ国の学生がいないためか、自ら好んでそうしているためかどちらかだということはなんとなく分かった。

一番前に一人で座っている類の子は友達になりやすい。それまでの経験からそんなふうに確信していた僕が彼女に話しかけるのにそう日数はかからなかった。

「プルースト、好きなんだって?」

フランス語で僕は尋ねた、、、などと書くと、いかにもキザな感じだけれど、授業でいつかプルーストが好きだと答えていたのを思い出して、(僕はプルーストなど一行ぐらいしか読んだことがないけれど)そう尋ねた。

「うん、まあ。」
「けっこう珍しいよね、プルーストが好きって。」
「そう?」

リアは独特のハスキーな声で答えた。それまで聞いたことのない、ずいぶんと特徴のある声だった。

「どこから来たの?」
「ブラジル。」

ブラジル。彼女はそう答えた。しかしその時、その国の響きは、僕の中にこれといって特別な感情を呼び起こしはしなかった。

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2009年10月11日

00: ブラジルへの道

2009年8月25日、僕はサンパウロの空港に拘束されていた。ブラジルに入国するためのビザがなかったのだ。空は曇っていて、あまり動かずじっとしていると少し肌寒かった。出発ゲートに通じる廊下のガラス張りの壁から、離陸を待つ飛行機が見えた。

時計は8時を回っている。朝6時前に到着したのだから、もう2時間経ったことになる。この先まだ何時間もそこで過ごすことになりそうなことは、簡単に想像できた。

突然目の前に投げ出された空白の時間を前にして、僕は、なぜそもそも地球の反対側まで来ることになったのか考えていた。一年前は、自分がここに来ることになろうとは夢にも思っていなかった。それが現に今こうしてここに来ている。それにはもちろんきっかけがあり、過程があり、また数々のエピソードがあるはずだった。

僕はノートを取り出し、これまでに起こったことを、少しずつ思い出しながら綴り始めた。
posted by aye(あい) at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ブラジルへの道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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