2008年08月16日

山田詠美と恋愛

恋愛感情って、時にややこしくて、扱いがやっかいで、不意に恋に落ちたりすると、「またやってしまったな」と焦るようなものでもあるけど、山田詠美を読むと、それがとても素敵なものに思えてくる時がある。恋したいな、とか、(少なくとも読んでる間は)思っちゃったり。

私は、他人が恋をするのを、まるで、何かの症例のように見なしていて、それを観察するのが好きだった。誰もが、同じような原因によって右往左往する。そして、誰もが、それを自分にだけ特別に起きた事件としていつくしんでいる。おかしな人たち。私はそう思ったが、そこおかしな人たちの中には自分も含まれているのを知っていた。自分は、少しも特別な人間でない。恋の繰り返しは、自分自身に、それを確認され続けることに過ぎなかった。

「眠りの材料」(『4U』より)

この短編の主人公の言葉を借りれば、山田詠美の小説はその「自分にだけ特別」な部分をうまく書いているような気がする。

彼女の小説は殆ど全部と言っていい程恋愛を書いて、普通は恋愛ばかり書いているとベタで陳腐になりやすいのに、そうならないのは、そのためかも、と思ったりする。

恋愛感情なんて単なる数ある感情のうちのひとつに過ぎなくて、ドライにとらえて、特徴はこれとこれとこれ、と説明すれば、実にあっけなくて、平凡なものにもなる。でもその平凡でありふれた感情は、平凡や故に平凡なドラマを生んだり、平凡だけれども平凡でないドラマを生んだりするわけで、どんな取り扱い方をするのか、どんな味付けをするのか、どんな語りかをするかなんだと思う。

彼女は、決して他の女の子たちのように騒いだりしなかった。だから、私以外の子は誰も彼女が純一のことを見詰めているのに気付かなかったと思う。彼女は、明るくて、おしゃべりな女の子だったけれども、純一を見詰めている時、言葉を忘れていた。潤んだ大きな瞳でただひたすら、彼を見ていた。私は、その瞳に膜を張る湿り気が、その内、涙を形作って落ちて来やしないかと、人ごとながら心配になってしまった程だ。

(「Sweet Basil」『放課後の音符(キイノート)』より)


こういう瞬間って、ある。それはほんの一瞬で、見逃してしまうかもしれないけれど。

そして、この恋が実る保証はなくて、実ったとしても、実際は苦しいだけかも知れないけれど、確かに、瞳を潤ませて好きな子を見詰める時の不思議な幸福感、ただ、その人が存在しているというだけうっとりしてしまう瞬間、それは美しい。

もちろん、世界中で何十億人の人がそんな瞬間を味わったことがあるし、実際は特別なものでも何でもない。けれども、それが自分に起こるとき、あるいは自分の周りに起こるとき、例えそれがかつて数え切れない程繰り返されたものであったとしても、それはきっと特別なことで、価値のあることなんだと思う。

山田詠美を読むと、そんなことを一瞬思ってしまう。
posted by aye(あい) at 18:57| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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